2009.11.23 Monday
「健康食」
「おはよう。」
「おはようございます。」
もう陽も登って大分たった9時ころ、やっと保おじさん一家が起きだしてきた。ぼくたちはとっくに起きて朝ご飯を済ませ、涼しい朝の内に水やりや薪割りをしていた。
「いや〜。流石に田舎の人は朝が早いね。」
「お早うございます。よく眠れましたか?」
「鶏がうるさくて、いやんなっちゃった。これだから田舎は嫌よ。」
まだ保理お姉ちゃんのご機嫌は斜めみたい。
「今、朝食の準備します。私達もお茶にしましょう。」
おばさんはテーブルの上に、手作り玄米パンと町で買ってきたクロワッサンを並べた。
「これね、ぼくが摘んだんだよ。スーっとして美味しいから。」
と言って野生ハッカ茶を用意していたら、直子おばさんが申し訳なさそうに言った。
「ありがとう正人君。でもね、私達イギリス直輸入の紅茶を持ってきたから。」
そしてクロワッサンを食べながら、おばさんの方に向かって話出した。
「私達海外生活が長いでしょ。だから健康には特に気を使っているの。年一回は必ず大学病院で健康チェック受けているし、お薬も必ずその大学病院処方の物を持参しているの。それにね、時恵さん、健康自然食ってご存知かしら?こんな所ではそんなお店ないかもしれないけれど、海外でも都会では結構あって、流行っているのよ。価格は高いけど、有機栽培の安全なお米や野菜が売っていて、私達、食べる物は全部そこで購入しているの。ここにもそんな安全なお店があれば良いのにね。保理は子供の時からそう言う物食べさせているから、旅行の時は気を使うわ。あの子は子供で我慢する事が出来ないから、もし時恵さんのお料理残しても許して下さいね。」
「いいえ気にしません。食べ物って大切ですからね。」
おばさんが静かに相槌を打った。
「さあ、今日は餅つきしよう。パタゴニアで餅つきなんて洒落ているだろ?保理ちゃんは餅つきしたことあるかい?」
「べつに・・・そんな事興味ないもん。」
おばさんが家の中でもち米を蒸かしている間に、おじさんが外に手作り臼と杵を用意し始めた。日本と違ってパタゴニアには臼を掘る手斧は無い。だからおじさんはここにある鑿で、根気よく穴を掘っていった。勿論日本の臼の様な深い穴は掘れない。それでも工夫して作った臼と杵は、美味しいお餅を搗いてくれる。ぼくもおじさんを手伝って、臼に水を入れて湿らせていた。
その時、保おじさんの大きな笑い声が聞こえてきた。
「あははは・・・。時也さん、いくらなんでもこれじゃあ餅は搗けないよ。臼ってのはねえ、もっと深くなきゃあ。君、本物の臼と杵見たことない?」
「もち米蒸けました。第一段持って行きますね〜。」
おばさんがほかほかのもち米を臼の中に慎重にあける。ぼく達にとってもち米は簡単に手に入ら無い、とてもとても貴重な物だ。だから一粒だって絶対にこぼしたりしない。
蒸したてのもち米が、臼の中で湯気を立てながら、透明に光っている。
「どれ、保理見ていなさい。お父さんがついてみるから。」
保おじさんが勢い良く杵を振り上げる。
“ビタン”
もち米が四方八方に飛び散った。
「ああ!」
ぼくは思わず声を出してしまった。おじさんとおばさんは黙っていたけれど、ぼくは二人のため息が聞こえるようだった。
ビタン。ペタン。
保おじさんは飛び散る餅米を気にもせず、おもいっきり杵を振り下ろす。
「やっぱり、こんな浅い臼じゃあ搗きにくいや。」
お餅は美味しそうに搗き上がったけど、後には飛び散った餅米と、杵で思いっきりぶつけて傷ついた臼が残されていた。
“空豆あんこ”に“刻んだくるみ”。ぼくはこれらにお餅を絡めて食べるのが大好きだ。おばさんは畑から引き抜いてきた大根を洗っている。
「あら時恵さん、私お手伝いするわ。だいこんおろしをするのね。」
「はい。さっぱりしていて美味しいですもんね。じゃあお願いします。」
おばさんがだいこんと下ろし金をわたすと、直子おばさんが甲高い声で言った。
「あらやだあ・・・時恵さん。このだいこん、まだ皮がむいていないわ。」
「おばさん、ここは無農薬だから皮なんかむかなくても大丈夫だよ。」
「あら正人君。土は不潔だから、きちんと皮をむかなきゃあ。」
あれ?土って不潔なのかなあ?自然の土には沢山の微生物が生きているから綺麗で、全ての生き物にとても大切なことで、だから微生物の住める自然の土を守らなきゃあいけない、殺菌剤や洗剤を使って微生物を殺しちゃあダメって、おばさんが言っていたけど・・・。
良く分からないや。まっいいか。今はおいしいお餅を食べることに専念しよっと。(つづく)
「おはようございます。」
もう陽も登って大分たった9時ころ、やっと保おじさん一家が起きだしてきた。ぼくたちはとっくに起きて朝ご飯を済ませ、涼しい朝の内に水やりや薪割りをしていた。
「いや〜。流石に田舎の人は朝が早いね。」
「お早うございます。よく眠れましたか?」
「鶏がうるさくて、いやんなっちゃった。これだから田舎は嫌よ。」
まだ保理お姉ちゃんのご機嫌は斜めみたい。
「今、朝食の準備します。私達もお茶にしましょう。」
おばさんはテーブルの上に、手作り玄米パンと町で買ってきたクロワッサンを並べた。
「これね、ぼくが摘んだんだよ。スーっとして美味しいから。」
と言って野生ハッカ茶を用意していたら、直子おばさんが申し訳なさそうに言った。
「ありがとう正人君。でもね、私達イギリス直輸入の紅茶を持ってきたから。」
そしてクロワッサンを食べながら、おばさんの方に向かって話出した。
「私達海外生活が長いでしょ。だから健康には特に気を使っているの。年一回は必ず大学病院で健康チェック受けているし、お薬も必ずその大学病院処方の物を持参しているの。それにね、時恵さん、健康自然食ってご存知かしら?こんな所ではそんなお店ないかもしれないけれど、海外でも都会では結構あって、流行っているのよ。価格は高いけど、有機栽培の安全なお米や野菜が売っていて、私達、食べる物は全部そこで購入しているの。ここにもそんな安全なお店があれば良いのにね。保理は子供の時からそう言う物食べさせているから、旅行の時は気を使うわ。あの子は子供で我慢する事が出来ないから、もし時恵さんのお料理残しても許して下さいね。」
「いいえ気にしません。食べ物って大切ですからね。」
おばさんが静かに相槌を打った。
「さあ、今日は餅つきしよう。パタゴニアで餅つきなんて洒落ているだろ?保理ちゃんは餅つきしたことあるかい?」
「べつに・・・そんな事興味ないもん。」
おばさんが家の中でもち米を蒸かしている間に、おじさんが外に手作り臼と杵を用意し始めた。日本と違ってパタゴニアには臼を掘る手斧は無い。だからおじさんはここにある鑿で、根気よく穴を掘っていった。勿論日本の臼の様な深い穴は掘れない。それでも工夫して作った臼と杵は、美味しいお餅を搗いてくれる。ぼくもおじさんを手伝って、臼に水を入れて湿らせていた。
その時、保おじさんの大きな笑い声が聞こえてきた。
「あははは・・・。時也さん、いくらなんでもこれじゃあ餅は搗けないよ。臼ってのはねえ、もっと深くなきゃあ。君、本物の臼と杵見たことない?」
「もち米蒸けました。第一段持って行きますね〜。」
おばさんがほかほかのもち米を臼の中に慎重にあける。ぼく達にとってもち米は簡単に手に入ら無い、とてもとても貴重な物だ。だから一粒だって絶対にこぼしたりしない。
蒸したてのもち米が、臼の中で湯気を立てながら、透明に光っている。
「どれ、保理見ていなさい。お父さんがついてみるから。」
保おじさんが勢い良く杵を振り上げる。
“ビタン”
もち米が四方八方に飛び散った。
「ああ!」
ぼくは思わず声を出してしまった。おじさんとおばさんは黙っていたけれど、ぼくは二人のため息が聞こえるようだった。
ビタン。ペタン。
保おじさんは飛び散る餅米を気にもせず、おもいっきり杵を振り下ろす。
「やっぱり、こんな浅い臼じゃあ搗きにくいや。」
お餅は美味しそうに搗き上がったけど、後には飛び散った餅米と、杵で思いっきりぶつけて傷ついた臼が残されていた。
“空豆あんこ”に“刻んだくるみ”。ぼくはこれらにお餅を絡めて食べるのが大好きだ。おばさんは畑から引き抜いてきた大根を洗っている。
「あら時恵さん、私お手伝いするわ。だいこんおろしをするのね。」
「はい。さっぱりしていて美味しいですもんね。じゃあお願いします。」
おばさんがだいこんと下ろし金をわたすと、直子おばさんが甲高い声で言った。
「あらやだあ・・・時恵さん。このだいこん、まだ皮がむいていないわ。」
「おばさん、ここは無農薬だから皮なんかむかなくても大丈夫だよ。」
「あら正人君。土は不潔だから、きちんと皮をむかなきゃあ。」
あれ?土って不潔なのかなあ?自然の土には沢山の微生物が生きているから綺麗で、全ての生き物にとても大切なことで、だから微生物の住める自然の土を守らなきゃあいけない、殺菌剤や洗剤を使って微生物を殺しちゃあダメって、おばさんが言っていたけど・・・。
良く分からないや。まっいいか。今はおいしいお餅を食べることに専念しよっと。(つづく)
2009.10.22 Thursday
「子供の勲章」
それは突然の連絡だった。
年末年始を利用して日本からアルゼンチンに来ていたぼくのおじさん一家が、ここ「のうじょう真人」にやって来ることになったのだ。
「いやあ〜、ブエノスのあまりの暑さに娘の保理が参っちゃってね。そっちはアルゼンチンの避暑地だって言うじゃない。悪いけど暫く滞在させてよ。正人の様子もみたいしさ。」
商社に勤める保おじさんは、お父さんのお兄さんだけど、ぼくにはあまり馴染みがない。なぜならおじさん一家は海外赴任が多く、日本に殆ど居なかったからだ。
夏ののうじょう真人は、冬の燃料と窯焚きの為の薪の準備を中心に忙しい。古くなった柵直し、家の修理改善、焼き物用粘土作りや釉薬材料探しも大切な仕事だ。その他に果樹や野菜、山菜の収穫加工もある。その合間におじさんはパタゴニア乾燥地緑化活動のボランティアもしている。仕事が暮らしで、そのどれもが楽しい。だからおじさん達は休暇で何処かへ行くという事に全然興味がない。
保おじさん一家の滞在が決まってから、おばさんはかなり緊張している。
夏は乾燥が激しく風も強いから砂埃が溜まるし、地面にセメントを張って直接レンガを積み上げて作った家は、地面の湿気を吸って壁はカビで黒くなっている部分も多い。蜘蛛の巣も直ぐに張る。けれどもおばさんは蜘蛛が好きで、蜘蛛の巣を払いはするけれど、あまり神経質にならない。それに毎日掃除はしているけど、蜘蛛の巣同様、あまり細かいことにはこだわっていなかった。
「でもねえ、都会の人にはお化け屋敷に居るみたいで落ち着かないだろうから・・・。」
と言うわけで、ぼくも手伝って家中の大掃除をし、保おじさん一家を迎える準備をした。
そして、あっと言う間に保おじさん一家がやって来る日になった。バリローチェ空港までお迎えに行く予定だったけど、保理お姉ちゃんが田舎のバスに乗ってみたいと言ったので、ぼく達はおじさん一家をエルボルソンまで迎えに行った。
夏のバケーションのこの時期は、バリローチェからのバスはどれも観光客でいっぱいだった。おじさん一家は流石にくたびれた顔で下りてきた。
「こっちも結構暑いねえ。まあ湿気が無いだけ過ごしやすいけど。保理の奴がバスに乗りたいなんて言うもんだから、酷い目にあったよ。」
「こんな埃だらけで臭いなんて思わなかった。こんなんなら迎えに来てもらえばよかった。」
保理お姉ちゃんは不機嫌に言った。
「お姉ちゃん、農場に着いたら、今朝取った木イチゴを食べさせてあげるね。犬も猫も鶏もいるよ。林の中の鶏の巣見せてあげるね。」
「ふーん。」
保理お姉ちゃんはつまらなそうに返事をした。農場に近づくにつれ、保理お姉ちゃんはどんどん不機嫌になっていった。
「車が小さくて窮屈。」
「埃だらけで汚い。」
「疲れたよ〜。アイスクリームが食べたい。」
「山ばっかりでつまんない。」
農場に着いて天和が吠えついた時、とうとうお姉ちゃんの癇癪が爆発した。
「いやだあ!犬なんか大嫌い!はやく帰ろうよ。この家汚い。」
「汚くないよ。」ぼくが言い返すのと、直子おばさんがお姉ちゃんを宥めるのと同時だった。
「よしよし、保理は疲れちゃったのね。少しの辛抱だからね。我慢しなさい。」
夕食はアルゼンチン代表とも言える「アサード」をした。パリージャと呼ばれるアサード用の網の上に、大きな塊の牛肉を置き、炭火でじっくり焼き上げるのだ。
その豪快さに、保おじさん一家も「アルゼンチンらしいね。」と喜んでくれた。
でも、さてみんなで食べる段階になって、また保理お姉ちゃんが文句を言い出した。
「あんな外で焼いた肉なんて、汚くないの?なーんかここのお家、野蛮な感じ。私バリローチェの方がいいなあ。いつバリローチェに行くの?」
「来たばかりで何言っているの。こんな所でも、保理より小さい正人君は元気にしていて偉いじゃない。保理も見習いなさい。」
「だって、正人君は男の子だもん。」
「でもお姉ちゃん、ぼくここ大好きだよ。凄く楽しいよ。明日一緒に木イチゴ取ろうよ。薪割りも教えてあげる。」
その時、直子おばさんが「えっ」と驚いた声を出した。
「まさか正人君、薪割りなんかしているの?」
そしておじさんに向かって少しきつい口調で言った。
「時也さん、こんな小さい子にそんな危険な事させないで下さいよ。この子は労働者じゃあ無いんですから・・・。」
そしてぼくの腕や足を見て、もっとヒステリックな声で言った。
「何て事!怪我しているじゃないの!その怪我どうしたの、正人君?」
「ああこれ?こっちは一昨日、松の木に引っ掛かった天和のボールを取ろうと木に登って下りる時失敗したの。この腕のは小枝集めの時野茨に引っかけたの。でももう治りかけてるよ。」
白けた冷たい空気が流れた。ぼく、何かいけない事言っちゃたんだろうか?
だっておじさんもおばさんも、ぼくが怪我をした時、こんなに騒がないで手当してくれる。でも「怪我したのはどうしてだと思う?次からはどんな事に気をつけなきゃあいけないと思う?」と聞いてくる。そして
「よし。この怪我は子供の勲章。でもね、同じ失敗をしたら、その時は勲章じゃあなくて、恥になるんだからね。」と言う。
だからぼくの体の怪我は今の所、全部「勲章」なんだ。それに保おじさん達が来たら、この「勲章」自慢したくてうずうずしていたんだけどな。
ぼくの所為で直子おばさんが怒ったんなら、明日はぼくの摘んだハッカ茶や木イチゴご馳走して名誉挽回しなきゃあ。そうそう、ばくの大好きなお餅つきもまたやるって、おばさんが言っていたっけ。よーし明日は張り切るぞ!!(つづく)
年末年始を利用して日本からアルゼンチンに来ていたぼくのおじさん一家が、ここ「のうじょう真人」にやって来ることになったのだ。
「いやあ〜、ブエノスのあまりの暑さに娘の保理が参っちゃってね。そっちはアルゼンチンの避暑地だって言うじゃない。悪いけど暫く滞在させてよ。正人の様子もみたいしさ。」
商社に勤める保おじさんは、お父さんのお兄さんだけど、ぼくにはあまり馴染みがない。なぜならおじさん一家は海外赴任が多く、日本に殆ど居なかったからだ。
夏ののうじょう真人は、冬の燃料と窯焚きの為の薪の準備を中心に忙しい。古くなった柵直し、家の修理改善、焼き物用粘土作りや釉薬材料探しも大切な仕事だ。その他に果樹や野菜、山菜の収穫加工もある。その合間におじさんはパタゴニア乾燥地緑化活動のボランティアもしている。仕事が暮らしで、そのどれもが楽しい。だからおじさん達は休暇で何処かへ行くという事に全然興味がない。
保おじさん一家の滞在が決まってから、おばさんはかなり緊張している。
夏は乾燥が激しく風も強いから砂埃が溜まるし、地面にセメントを張って直接レンガを積み上げて作った家は、地面の湿気を吸って壁はカビで黒くなっている部分も多い。蜘蛛の巣も直ぐに張る。けれどもおばさんは蜘蛛が好きで、蜘蛛の巣を払いはするけれど、あまり神経質にならない。それに毎日掃除はしているけど、蜘蛛の巣同様、あまり細かいことにはこだわっていなかった。
「でもねえ、都会の人にはお化け屋敷に居るみたいで落ち着かないだろうから・・・。」
と言うわけで、ぼくも手伝って家中の大掃除をし、保おじさん一家を迎える準備をした。
そして、あっと言う間に保おじさん一家がやって来る日になった。バリローチェ空港までお迎えに行く予定だったけど、保理お姉ちゃんが田舎のバスに乗ってみたいと言ったので、ぼく達はおじさん一家をエルボルソンまで迎えに行った。
夏のバケーションのこの時期は、バリローチェからのバスはどれも観光客でいっぱいだった。おじさん一家は流石にくたびれた顔で下りてきた。
「こっちも結構暑いねえ。まあ湿気が無いだけ過ごしやすいけど。保理の奴がバスに乗りたいなんて言うもんだから、酷い目にあったよ。」
「こんな埃だらけで臭いなんて思わなかった。こんなんなら迎えに来てもらえばよかった。」
保理お姉ちゃんは不機嫌に言った。
「お姉ちゃん、農場に着いたら、今朝取った木イチゴを食べさせてあげるね。犬も猫も鶏もいるよ。林の中の鶏の巣見せてあげるね。」
「ふーん。」
保理お姉ちゃんはつまらなそうに返事をした。農場に近づくにつれ、保理お姉ちゃんはどんどん不機嫌になっていった。
「車が小さくて窮屈。」
「埃だらけで汚い。」
「疲れたよ〜。アイスクリームが食べたい。」
「山ばっかりでつまんない。」
農場に着いて天和が吠えついた時、とうとうお姉ちゃんの癇癪が爆発した。
「いやだあ!犬なんか大嫌い!はやく帰ろうよ。この家汚い。」
「汚くないよ。」ぼくが言い返すのと、直子おばさんがお姉ちゃんを宥めるのと同時だった。
「よしよし、保理は疲れちゃったのね。少しの辛抱だからね。我慢しなさい。」
夕食はアルゼンチン代表とも言える「アサード」をした。パリージャと呼ばれるアサード用の網の上に、大きな塊の牛肉を置き、炭火でじっくり焼き上げるのだ。
その豪快さに、保おじさん一家も「アルゼンチンらしいね。」と喜んでくれた。
でも、さてみんなで食べる段階になって、また保理お姉ちゃんが文句を言い出した。
「あんな外で焼いた肉なんて、汚くないの?なーんかここのお家、野蛮な感じ。私バリローチェの方がいいなあ。いつバリローチェに行くの?」
「来たばかりで何言っているの。こんな所でも、保理より小さい正人君は元気にしていて偉いじゃない。保理も見習いなさい。」
「だって、正人君は男の子だもん。」
「でもお姉ちゃん、ぼくここ大好きだよ。凄く楽しいよ。明日一緒に木イチゴ取ろうよ。薪割りも教えてあげる。」
その時、直子おばさんが「えっ」と驚いた声を出した。
「まさか正人君、薪割りなんかしているの?」
そしておじさんに向かって少しきつい口調で言った。
「時也さん、こんな小さい子にそんな危険な事させないで下さいよ。この子は労働者じゃあ無いんですから・・・。」
そしてぼくの腕や足を見て、もっとヒステリックな声で言った。
「何て事!怪我しているじゃないの!その怪我どうしたの、正人君?」
「ああこれ?こっちは一昨日、松の木に引っ掛かった天和のボールを取ろうと木に登って下りる時失敗したの。この腕のは小枝集めの時野茨に引っかけたの。でももう治りかけてるよ。」
白けた冷たい空気が流れた。ぼく、何かいけない事言っちゃたんだろうか?
だっておじさんもおばさんも、ぼくが怪我をした時、こんなに騒がないで手当してくれる。でも「怪我したのはどうしてだと思う?次からはどんな事に気をつけなきゃあいけないと思う?」と聞いてくる。そして
「よし。この怪我は子供の勲章。でもね、同じ失敗をしたら、その時は勲章じゃあなくて、恥になるんだからね。」と言う。
だからぼくの体の怪我は今の所、全部「勲章」なんだ。それに保おじさん達が来たら、この「勲章」自慢したくてうずうずしていたんだけどな。
ぼくの所為で直子おばさんが怒ったんなら、明日はぼくの摘んだハッカ茶や木イチゴご馳走して名誉挽回しなきゃあ。そうそう、ばくの大好きなお餅つきもまたやるって、おばさんが言っていたっけ。よーし明日は張り切るぞ!!(つづく)
2009.10.02 Friday
「忘れられないお正月 野鴨編」
ここペリートモレノ岳の登山道は日本の登山道の様に整備されてはいない。登山客が殆ど居ない事もあるけれど、獣道の様な細い道が続いており、小川沿いの岩をよじ登ったり、倒れた木をまたいで行ったり、自分でより良い道を選んで登って行かなければいけない。
周りはレンガという名前の南極ブナの原生林だ。
山頂の雪解け水が流れる川の脇の登山道を登り始めたぼくは、あっと言う間に虻の大群に囲まれた。囲まれたと言うべきか、群がられたと言うべきか、その数は信じられない位だった。前を歩くおじさんを見て更に驚いた。おじさんの姿は見えず、虻の群が人型をして歩いていたのだ。後を歩くおばさんを振り返ってもやはり人型の虻の大群しか見えない。
ただおじさんと違うのは、おばさんの手がブンブンと忙しく振り回され、時々“ぺちっ”と虻を叩く音がする事だ。
「はらね、私の言った通りでしょ。どういう訳だか、麓にはあんまり居なくて、林の中に居るんだもん。いったい普段は何食べて生きているんだろうね?」
「いてっ!痛ててて・・・。」
汗かきのおじさんが一番虻に好かれている。
「久しぶりのご馳走だから、こいつらもさぞ喜んでいるだろうな。日本人の血なんて初めてかもな。」
「行きたい!」と大騒ぎした手前、文句を言う訳にはいかないけど、それは想像以上の虻の襲撃だった。歩いている時はまだしも、少しでも立ち止まると「しめた!」とばかりに虻達が一斉に刺してくる。
山は可成りきつい傾斜で、ぼくはハアハアと肩で息をしながら登った。
けれども、虻の攻撃とスキー場のあることを除けば、ペリートモレノ岳はとても素敵な山だ。原生林レンガの林。秋には山全体が紫がかった紅に染まる。目を見張るような高山植物の群生は無いけれど、切り立った岩の割れ目や木の根元、急流の脇の断崖に、ピンクや白、黄色、あるいは真っ赤な花を咲かせた名も知らない小さな小さな植物が生きている。登る人が殆どいないのでゴミも少ない。静かでぼくたちだけの山の様な気がする。
汗をかきかき虻を追っ払いながら2時間も登ると、プラットホルマと呼ばれる高原台地に着いた。ここから先はレンガの木も無く、頂上付近の氷河までは岩ばかりだ。
残雪も残っている。これで虻の攻撃も終わりだろうと安心して足を止めた途端に「チクチク」と刺された。何て事だ!数はずっと減ったものの、相変わらず虻はまとわりついてくる。残雪を歩く時なんか、ちゃっかりぼくらのリュックや服に止まって、寒さに脱落しないように休んでいる。
「もう少し行くと小さな滝があるからそこでお昼にしよう。」
「わーい」
ぼくは俄然元気が出てきた。そして目の前の大きな岩を越えようとした。
その時「バタバタバタ・・・」ともの凄い羽音がした。
よじ登った岩の上から見ると、一羽の野生の鴨が大急ぎで逃げて行くところだった。
「すごい。野生の鴨だね。大きいんだ。」
ぼくが大きな声で言うと、後から来たおじさんが「静かに。」と言って別の方向を指さした。
そこには5羽の雛が慌てふためいて逃げて行く姿があった。
「まさか人間が来るなんて思いもしないで、のんびり日向ぼっこしていたんだろう。申し訳ないことをした。」
ぼくはイタチにやられてしまった鶏のなす母子の事を思い出し心が痛んだ。
と、その時、「どたっ、ばたっ」ともの凄い音が雛と離れた場所から聞こえてきた。
見るとさっき逃げたのとは別のガチョウほどもある大きな野鴨が、羽根をばたつかせ残雪の上でのたうち回っていた。
「どうしよう・・・。怪我しちゃったんだ。」
ぼくが突然現れて大声を出したから、驚いた親鴨が、逃げる時に岩に体をぶつけてしまったんだろう。苦しそうにばたばたのたうち回っている。
「おじさん・・・・」
ぼくは半分べそをかきながらおじさんのシャツをつかんだ。
するとその時、あんなにもがいていた親鴨が、音もなく起きあがると残雪をなめらかに走って飛び上がって行ってしまった。その変わり身の早さにぼくはあっけに取られ、暫く何が起こったのか分からなかった。はっと思って雛の居た場所をみると、そこは何もなく、気配さえも感じられなかった。
「母鴨は、雛が安全な場所に隠れるまで、ああして怪我をした振りをして、注意を自分に引きつけるんだ。野生の動物なら小さな雛より、大きな怪我をした親の方を狙うからね。でも、今は銃を持った人間がいるから、撃たれてしまう親鴨も増えてしまっただろうな。
野生の動物は、みんな命がけで生きているんだ。本当に頭がさがるよ。」
過去でも未来でもない。今この時、この一瞬が大切なんだ。
イタチに殺されてしまった「なす」だって、きっと後悔はしていないだろう。だって、あの時出せる全ての力を出し切ったんだもん。そしてその命を引き継いでベレンとヘナは今を生きている。
チクリ、チクリ
立ち止まったぼくたちに、虻が大喜びして血を吸い始めた。
「さあ行こう。あともう少しだから。」
おじさんを先頭に、ぼくたちはまた歩き始めた。
ところで・・・
いの一番で逃げていった鴨は何だったんだろう??お父さん鴨だったのかなあ?あれはあれで、何か作戦でもあったのかなあ? (つづく)
周りはレンガという名前の南極ブナの原生林だ。
山頂の雪解け水が流れる川の脇の登山道を登り始めたぼくは、あっと言う間に虻の大群に囲まれた。囲まれたと言うべきか、群がられたと言うべきか、その数は信じられない位だった。前を歩くおじさんを見て更に驚いた。おじさんの姿は見えず、虻の群が人型をして歩いていたのだ。後を歩くおばさんを振り返ってもやはり人型の虻の大群しか見えない。
ただおじさんと違うのは、おばさんの手がブンブンと忙しく振り回され、時々“ぺちっ”と虻を叩く音がする事だ。
「はらね、私の言った通りでしょ。どういう訳だか、麓にはあんまり居なくて、林の中に居るんだもん。いったい普段は何食べて生きているんだろうね?」
「いてっ!痛ててて・・・。」
汗かきのおじさんが一番虻に好かれている。
「久しぶりのご馳走だから、こいつらもさぞ喜んでいるだろうな。日本人の血なんて初めてかもな。」
「行きたい!」と大騒ぎした手前、文句を言う訳にはいかないけど、それは想像以上の虻の襲撃だった。歩いている時はまだしも、少しでも立ち止まると「しめた!」とばかりに虻達が一斉に刺してくる。
山は可成りきつい傾斜で、ぼくはハアハアと肩で息をしながら登った。
けれども、虻の攻撃とスキー場のあることを除けば、ペリートモレノ岳はとても素敵な山だ。原生林レンガの林。秋には山全体が紫がかった紅に染まる。目を見張るような高山植物の群生は無いけれど、切り立った岩の割れ目や木の根元、急流の脇の断崖に、ピンクや白、黄色、あるいは真っ赤な花を咲かせた名も知らない小さな小さな植物が生きている。登る人が殆どいないのでゴミも少ない。静かでぼくたちだけの山の様な気がする。
汗をかきかき虻を追っ払いながら2時間も登ると、プラットホルマと呼ばれる高原台地に着いた。ここから先はレンガの木も無く、頂上付近の氷河までは岩ばかりだ。
残雪も残っている。これで虻の攻撃も終わりだろうと安心して足を止めた途端に「チクチク」と刺された。何て事だ!数はずっと減ったものの、相変わらず虻はまとわりついてくる。残雪を歩く時なんか、ちゃっかりぼくらのリュックや服に止まって、寒さに脱落しないように休んでいる。
「もう少し行くと小さな滝があるからそこでお昼にしよう。」
「わーい」
ぼくは俄然元気が出てきた。そして目の前の大きな岩を越えようとした。
その時「バタバタバタ・・・」ともの凄い羽音がした。
よじ登った岩の上から見ると、一羽の野生の鴨が大急ぎで逃げて行くところだった。
「すごい。野生の鴨だね。大きいんだ。」
ぼくが大きな声で言うと、後から来たおじさんが「静かに。」と言って別の方向を指さした。
そこには5羽の雛が慌てふためいて逃げて行く姿があった。
「まさか人間が来るなんて思いもしないで、のんびり日向ぼっこしていたんだろう。申し訳ないことをした。」
ぼくはイタチにやられてしまった鶏のなす母子の事を思い出し心が痛んだ。
と、その時、「どたっ、ばたっ」ともの凄い音が雛と離れた場所から聞こえてきた。
見るとさっき逃げたのとは別のガチョウほどもある大きな野鴨が、羽根をばたつかせ残雪の上でのたうち回っていた。
「どうしよう・・・。怪我しちゃったんだ。」
ぼくが突然現れて大声を出したから、驚いた親鴨が、逃げる時に岩に体をぶつけてしまったんだろう。苦しそうにばたばたのたうち回っている。
「おじさん・・・・」
ぼくは半分べそをかきながらおじさんのシャツをつかんだ。
するとその時、あんなにもがいていた親鴨が、音もなく起きあがると残雪をなめらかに走って飛び上がって行ってしまった。その変わり身の早さにぼくはあっけに取られ、暫く何が起こったのか分からなかった。はっと思って雛の居た場所をみると、そこは何もなく、気配さえも感じられなかった。
「母鴨は、雛が安全な場所に隠れるまで、ああして怪我をした振りをして、注意を自分に引きつけるんだ。野生の動物なら小さな雛より、大きな怪我をした親の方を狙うからね。でも、今は銃を持った人間がいるから、撃たれてしまう親鴨も増えてしまっただろうな。
野生の動物は、みんな命がけで生きているんだ。本当に頭がさがるよ。」
過去でも未来でもない。今この時、この一瞬が大切なんだ。
イタチに殺されてしまった「なす」だって、きっと後悔はしていないだろう。だって、あの時出せる全ての力を出し切ったんだもん。そしてその命を引き継いでベレンとヘナは今を生きている。
チクリ、チクリ
立ち止まったぼくたちに、虻が大喜びして血を吸い始めた。
「さあ行こう。あともう少しだから。」
おじさんを先頭に、ぼくたちはまた歩き始めた。
ところで・・・
いの一番で逃げていった鴨は何だったんだろう??お父さん鴨だったのかなあ?あれはあれで、何か作戦でもあったのかなあ? (つづく)
2009.09.14 Monday
「忘れられないお正月 前編」
「ねえ、行こうよ!行きたいよ!」
「うーん・・・でもねえ・・・。」
「大丈夫だよ。行きたいよ!」
「そりゃあねえ、正人の気持ちも分かるけど・・・。でもねえ・・・。」
おばさんとぼくは、もう何日もこんな会話を繰り返している。そして今日大晦日がこの会話の結果が決まる最後のチャンス。だからぼくは何時にも増してしつこくしつこくおばさんにお願いしているんだ。
「ねえねえねえねえ!!!お願い。」
「でもね、私は意地悪して行かない訳じゃあないのよ。正人の事を思って言っているんだから。」
「だからさ、ぼくが行きたいの。」
おじさんはこんな会話をにやにやしながら黙って聞いているだけ。
「おばさんが行くなら行こう。」と言うのがおじさんの返事。だから絶対おばさんに「うん」と言わせなきゃあいけないんだ。
ぼくが行きたいとお願いしているのは家から見えるアンデス山脈の一つ「ペリートモレノ岳」だ。ペリートモレノというのは人の名前で、ヨーロッパからの征服者として最初にパタゴニア地方を調査した人だそうだ。だからパタゴニアにはこの名前の付いた町や山、通りが至る所にある。かの有名な氷河も「ペリートモレノ氷河」と言う。
家から見えるペリートモレノ岳は標高2216mとそれ程高くない。スキー場開発もされており、登山としてはあまり人気のある山ではない。けれどもおじさんとおばさんはこの山が好きだ。それは高山植物が他の山に比べて豊富な事と、人が少ない事、そしてパタゴニアに来て、初めて登った思い出の山だからだそうだ。
いつだったか、おばさんにここに来てからのアルバムを見せてもらった事がある。その時、ぼくは一枚の写真に釘付けになった。それは小さな滝をバックに、お雑煮を食べている写真だった。
「これは日本?」
「ううん。これはね、あそこに見えるペリートモレノ岳の高原台地の所にある滝。マジンに引っ越して最初の夏に初めて登った山。最初は10月の終わりに登って、凄く気に入ったから、元旦登山をして、ここでお雑煮を作って食べて新年をお祝いしたのよ。」
「格好いい。」
「お餅はおばさんのお姉さんが送ってくれた日本のパック餅だったし、野菜もここで採れた小さな人参と大根だけだったけど、最高に美味しかったな。」
「きーめた。それじゃあ、ぼくもここでお正月をお祝いする。」
「ええっ?」
ぼくがそう言うと、何故かおばさんが困ったような声を出した。
その時からぼくとおばさんの根比べが始まったんだ。おばさんが元旦登山を行きたがらないのには訳がある。それはここら辺の山は、12月中旬から一ヶ月、虻(あぶ)が大発生するからなのだ。
「写真では楽しそうに笑っているけどね、そりゃあもう凄い数の虻だったのよ!しかもみんな食欲旺盛で、少しでも動きを止めるとそこら中刺されて痛いのなんの。正人には申し訳無いけど、あんな思いしながら山に登るのはもうごめんなの。虻のいなくなる2月に連れていってあげるからさ。」
「でもぼくはお正月に行きたいんだ。おばさん達みたいにあそこでお雑煮食べたい。ぼくの搗いたお餅が食べたい。それにぼくのパタゴニアのお正月は最初で最後かもしれないんだよ!」
このぼくの最後の言葉がきいたらしい。おばさんは「そうだよね。行きたいと言う正人の気持ちが一番大切だもんね。」と、とうとう元旦登山をする事に決定した。
「でもね、絶対泣き言いわないでよ!」
おじさんは最初から行くつもりだったらしく、いつの間にかぼくとおばさんの靴までぴかぴかに磨いてくれていた。
アルゼンチンは年末年始が真夏だ。日本の様に一年の計は元旦にありという雰囲気もあまり無い。12月31日も、平日なら郵便局や役場は平常通り開いている。1日だけは祝日だけど、2日はもう平常に戻る。大晦日の夜も大騒ぎするけれど、クリスマスイブほどではないから、天和もそれ程怖がらなくてすむ。だからぼくは明日の登山に備えて早くから眠った。
夏は明るくなるのが早い。日中の日差しは強いから、ぼくたちは朝早くまだ肌寒い内に出発した。犬達は新年早々お留守番だ。でも、お祭り騒ぎの翌日はみんな昼過ぎまで寝ていて、いつになく静かで犬達も落ち着いている。
「行って来ます。お利口にしててね。」
ぼくは犬達に挨拶して車に乗り込んだ。
車で30分。ペリートモレノ岳の山小屋の駐車場に着いた。山小屋と言っても、冬のスキー場の為の施設だから宿泊も出来るし、レストランもある。と言っても、夏は開店休業状態。時々小学校の林間学校の宿泊に利用されるくらいだ。元旦の今日はひっそりと静まり返っている。もし人がいても、お昼過ぎまでは決して起きてこないだろうな。
「さあ、行こうか。」
ぼくたちは朝露に濡れた清々しい山道を進み始めた。
時々虻が寄って来るけれど、それ程気にはならない。
「おばさんも大袈裟なんだから!」
でもそれが大間違いだと気付くのに、5分とはかからなかった。(つづく)
ペリートモレノ岳は今でも大好きな山です。けれどもスキー場開発が進み、原生林は切り開かれ、山肌は無惨に削られています。ですから登山案内でこの山に登ることは稀です。
それでは何故私達だけで登り続けるかと言うと、やはり思い出の山だからです。数え切れない程の思い出があります。そして年々減って行く高原植物や野生動物達の姿を、目を背けることなく見続けて行かなければと思っているからです。
山に「酷いことをしてごめんなさい」という言葉と、「それでもこうして暖かく受け入れてくれてありがとう」という言葉を交互にかけながら登っています。
「うーん・・・でもねえ・・・。」
「大丈夫だよ。行きたいよ!」
「そりゃあねえ、正人の気持ちも分かるけど・・・。でもねえ・・・。」
おばさんとぼくは、もう何日もこんな会話を繰り返している。そして今日大晦日がこの会話の結果が決まる最後のチャンス。だからぼくは何時にも増してしつこくしつこくおばさんにお願いしているんだ。
「ねえねえねえねえ!!!お願い。」
「でもね、私は意地悪して行かない訳じゃあないのよ。正人の事を思って言っているんだから。」
「だからさ、ぼくが行きたいの。」
おじさんはこんな会話をにやにやしながら黙って聞いているだけ。
「おばさんが行くなら行こう。」と言うのがおじさんの返事。だから絶対おばさんに「うん」と言わせなきゃあいけないんだ。
ぼくが行きたいとお願いしているのは家から見えるアンデス山脈の一つ「ペリートモレノ岳」だ。ペリートモレノというのは人の名前で、ヨーロッパからの征服者として最初にパタゴニア地方を調査した人だそうだ。だからパタゴニアにはこの名前の付いた町や山、通りが至る所にある。かの有名な氷河も「ペリートモレノ氷河」と言う。
家から見えるペリートモレノ岳は標高2216mとそれ程高くない。スキー場開発もされており、登山としてはあまり人気のある山ではない。けれどもおじさんとおばさんはこの山が好きだ。それは高山植物が他の山に比べて豊富な事と、人が少ない事、そしてパタゴニアに来て、初めて登った思い出の山だからだそうだ。
いつだったか、おばさんにここに来てからのアルバムを見せてもらった事がある。その時、ぼくは一枚の写真に釘付けになった。それは小さな滝をバックに、お雑煮を食べている写真だった。
「これは日本?」
「ううん。これはね、あそこに見えるペリートモレノ岳の高原台地の所にある滝。マジンに引っ越して最初の夏に初めて登った山。最初は10月の終わりに登って、凄く気に入ったから、元旦登山をして、ここでお雑煮を作って食べて新年をお祝いしたのよ。」
「格好いい。」
「お餅はおばさんのお姉さんが送ってくれた日本のパック餅だったし、野菜もここで採れた小さな人参と大根だけだったけど、最高に美味しかったな。」
「きーめた。それじゃあ、ぼくもここでお正月をお祝いする。」
「ええっ?」
ぼくがそう言うと、何故かおばさんが困ったような声を出した。
その時からぼくとおばさんの根比べが始まったんだ。おばさんが元旦登山を行きたがらないのには訳がある。それはここら辺の山は、12月中旬から一ヶ月、虻(あぶ)が大発生するからなのだ。
「写真では楽しそうに笑っているけどね、そりゃあもう凄い数の虻だったのよ!しかもみんな食欲旺盛で、少しでも動きを止めるとそこら中刺されて痛いのなんの。正人には申し訳無いけど、あんな思いしながら山に登るのはもうごめんなの。虻のいなくなる2月に連れていってあげるからさ。」
「でもぼくはお正月に行きたいんだ。おばさん達みたいにあそこでお雑煮食べたい。ぼくの搗いたお餅が食べたい。それにぼくのパタゴニアのお正月は最初で最後かもしれないんだよ!」
このぼくの最後の言葉がきいたらしい。おばさんは「そうだよね。行きたいと言う正人の気持ちが一番大切だもんね。」と、とうとう元旦登山をする事に決定した。
「でもね、絶対泣き言いわないでよ!」
おじさんは最初から行くつもりだったらしく、いつの間にかぼくとおばさんの靴までぴかぴかに磨いてくれていた。
アルゼンチンは年末年始が真夏だ。日本の様に一年の計は元旦にありという雰囲気もあまり無い。12月31日も、平日なら郵便局や役場は平常通り開いている。1日だけは祝日だけど、2日はもう平常に戻る。大晦日の夜も大騒ぎするけれど、クリスマスイブほどではないから、天和もそれ程怖がらなくてすむ。だからぼくは明日の登山に備えて早くから眠った。
夏は明るくなるのが早い。日中の日差しは強いから、ぼくたちは朝早くまだ肌寒い内に出発した。犬達は新年早々お留守番だ。でも、お祭り騒ぎの翌日はみんな昼過ぎまで寝ていて、いつになく静かで犬達も落ち着いている。
「行って来ます。お利口にしててね。」
ぼくは犬達に挨拶して車に乗り込んだ。
車で30分。ペリートモレノ岳の山小屋の駐車場に着いた。山小屋と言っても、冬のスキー場の為の施設だから宿泊も出来るし、レストランもある。と言っても、夏は開店休業状態。時々小学校の林間学校の宿泊に利用されるくらいだ。元旦の今日はひっそりと静まり返っている。もし人がいても、お昼過ぎまでは決して起きてこないだろうな。
「さあ、行こうか。」
ぼくたちは朝露に濡れた清々しい山道を進み始めた。
時々虻が寄って来るけれど、それ程気にはならない。
「おばさんも大袈裟なんだから!」
でもそれが大間違いだと気付くのに、5分とはかからなかった。(つづく)
ペリートモレノ岳は今でも大好きな山です。けれどもスキー場開発が進み、原生林は切り開かれ、山肌は無惨に削られています。ですから登山案内でこの山に登ることは稀です。
それでは何故私達だけで登り続けるかと言うと、やはり思い出の山だからです。数え切れない程の思い出があります。そして年々減って行く高原植物や野生動物達の姿を、目を背けることなく見続けて行かなければと思っているからです。
山に「酷いことをしてごめんなさい」という言葉と、「それでもこうして暖かく受け入れてくれてありがとう」という言葉を交互にかけながら登っています。
2009.09.07 Monday
「餅つき」
「行くよ〜。用意は良い?」
家の中からおばさんが大きな声でぼくとおじさんに聞く。
「準備完了。」「持って来て。」
おばさんがほかほかと湯気の立つ蒸し器を持って、外に居るぼくらの所へ走ってきた。
「よっしゃ〜。」
おじさんが慣れた手つきでおばさんの持っていた蒸し器の中味を素早く、それでも丁寧に取り出した。
「うわああお。」
ぼくは興奮してへんてこな声をあげちゃった。
ぼくたちはこれから餅つきを始めるのだ。テレビや写真で見たことはあったけど、こうして自分が木の臼と杵で餅つきするなんて初めてだ。
「最初はおじさんが搗くから、正人はよく見ておきなさい。」
おじさんは臼に開けられたもち米を、軽く丁寧に杵で搗く。
「あれ?杵を振り上げて思いっきり搗くんじゃあないの?」
「それはまだ。この段階でそれをしたら、貴重なもち米が飛び散るだろ。」
「そっか。」
おじさんが炊き立てのもち米をまとめるように軽く搗いていくと、時々おばさんが濡らした手でまとめてひっくり返す。
「簡単そうに見えるけど、これだって結構むずかしいのよ。あまり水でべたべたにすると美味しくなくなるから。」
おばさんが真剣な顔で言う。
おじさんは子供の頃から家でこうして餅つきをしていたけど、おばさんは臼と杵で搗いたお餅を食べたことがなかったそうだ。おばさんの子供の頃は、スーパーでパック入りのお餅を買っていて、餅つき器を買ってからは、機械で搗いたお餅を「つきたてのお餅」は流石に美味しいと思って食べていたそうだ。
「ところがさ、臼と杵で人が搗いたお餅を初めて食べた時、お餅ってこんなに美味しかったのか、って本当におどろいたの。味音痴の私が思ったんだから凄いことよね。だから、正人が餅つきをした事が無いって知って、絶対に搗きたての本物を食べさせてあげたかったの。」
パタゴニアでは何処にももち米は売っていない。健康食品のお店の人に聞いても「それ何?」という返事しか返って来なかったそうだ。それではどうして今日、こうして餅つきが出来るかというと、この杵と臼はおじさんの手作りで、もち米はブエノスにいるぼくの両親が、中華街で買って送って来てくれたからなんだ。
一昨年おじさんは偶然、伐られた山桜の木をお友達の山で見つけたそうだ。その木は既に持ち運びし易いように切り刻まれて、こんなに堅くて香りも色も良い木をどうしてこんな風に切ってしまったのだろう?と、とてもショックだったそうだ。
聞くと「薪にする。」とのこと。お隣のチリでは「これは斧の柄」とか「柵に良い」とか「これは柱、こっちは屋根」と言う様に木は用途によって使い分け、木の性質を良く知って使っているのに、アルゼンチンではそういう事が無く、木裏木表も知らず、木の文化が殆ど無いそうだ。
おじさんは、折角の山桜が薪として燃やされてしまうのが忍びなく、お友達に頼んで一番太い部分を分けてもらってそれで杵を作った。
でも臼に出来るほどの太さも高さも無く、のうじょう真人のシプレスの木から臼を作った。それでも太さが足りず、お餅を搗く部分と台の部分を分けて作り、ほぞで組んで一つの臼とした。しかも、木を深く掘る道具もないから、鑿(ノミ)で根気よく掘っていった。だからあまり深くは掘れなかったし、見た目は日本の臼とは違う。でもここにある物で工夫して作った、とてものうじょう真人らしい素敵な臼だとぼくは思っている。
つぶつぶだったもち米がだんだんまとまって粘りが出てきた。おじさんも杵を上からうち下ろす。
「ぺったんこ!」もち米が杵にひっついて伸びていく。
「じゃあ正人やってみなさい。」
おじさんがぼくに杵を渡してくれる。
「薪割りと同じ。振り下ろす時、力を入れる必要はないぞ。自然に任せろ。ただ、杵を臼にぶつけないように慎重にな。」
「はい」
ぼくはちょっとフラフラしながら杵を振り上げ、ねらいを定めて息と力を抜いて振り下ろす。
「ぺったんこ」
お餅が嬉しそうにぼくの振り下ろした杵に挨拶する。それをおばさんが手早くひっくり返す。
「ぺったんこ」
ぼくはお餅の歌う声を聞いているような気分になった。
「それくらいで良いな。餅はあまり搗きすぎても美味しくないんだ。もち米の粒が気持ち残っているくらいが美味しい。」
おじさんはそう言って、上手に臼の餅を丸め、マンジョウカの澱粉をひいた板の上に乗せた。
「さあ、これを同じ厚さに伸ばすよ。」
「あっ、おばさん、麺棒持ってくるの忘れてる。」
「違う。違う。餅は手でもむようにして伸ばしていくの。麺棒なんか使っちゃあだめよ。正人はお正月用の鏡餅を作ってね。」
ぼくはつきたての柔らくて暖かいお餅を丸めながら「来年も良いこといっぱいありますように。」と願った。
アルゼンチンのパタゴニアで日本より日本らしいお正月準備が出来て、ぼくはとても楽しかった。勿論生まれて初めて食べた、自分の手で搗いたお餅は最高に美味しかった。弾力があって、ぼくにちょっと抵抗しながら口の中で甘く広がっていった。お餅って、柔らかく伸びるだけのものじゃないんだなあ、と新しい発見をした気分だった。
家の中からおばさんが大きな声でぼくとおじさんに聞く。
「準備完了。」「持って来て。」
おばさんがほかほかと湯気の立つ蒸し器を持って、外に居るぼくらの所へ走ってきた。
「よっしゃ〜。」
おじさんが慣れた手つきでおばさんの持っていた蒸し器の中味を素早く、それでも丁寧に取り出した。
「うわああお。」
ぼくは興奮してへんてこな声をあげちゃった。
ぼくたちはこれから餅つきを始めるのだ。テレビや写真で見たことはあったけど、こうして自分が木の臼と杵で餅つきするなんて初めてだ。
「最初はおじさんが搗くから、正人はよく見ておきなさい。」
おじさんは臼に開けられたもち米を、軽く丁寧に杵で搗く。
「あれ?杵を振り上げて思いっきり搗くんじゃあないの?」
「それはまだ。この段階でそれをしたら、貴重なもち米が飛び散るだろ。」
「そっか。」
おじさんが炊き立てのもち米をまとめるように軽く搗いていくと、時々おばさんが濡らした手でまとめてひっくり返す。
「簡単そうに見えるけど、これだって結構むずかしいのよ。あまり水でべたべたにすると美味しくなくなるから。」
おばさんが真剣な顔で言う。
おじさんは子供の頃から家でこうして餅つきをしていたけど、おばさんは臼と杵で搗いたお餅を食べたことがなかったそうだ。おばさんの子供の頃は、スーパーでパック入りのお餅を買っていて、餅つき器を買ってからは、機械で搗いたお餅を「つきたてのお餅」は流石に美味しいと思って食べていたそうだ。
「ところがさ、臼と杵で人が搗いたお餅を初めて食べた時、お餅ってこんなに美味しかったのか、って本当におどろいたの。味音痴の私が思ったんだから凄いことよね。だから、正人が餅つきをした事が無いって知って、絶対に搗きたての本物を食べさせてあげたかったの。」
パタゴニアでは何処にももち米は売っていない。健康食品のお店の人に聞いても「それ何?」という返事しか返って来なかったそうだ。それではどうして今日、こうして餅つきが出来るかというと、この杵と臼はおじさんの手作りで、もち米はブエノスにいるぼくの両親が、中華街で買って送って来てくれたからなんだ。
一昨年おじさんは偶然、伐られた山桜の木をお友達の山で見つけたそうだ。その木は既に持ち運びし易いように切り刻まれて、こんなに堅くて香りも色も良い木をどうしてこんな風に切ってしまったのだろう?と、とてもショックだったそうだ。
聞くと「薪にする。」とのこと。お隣のチリでは「これは斧の柄」とか「柵に良い」とか「これは柱、こっちは屋根」と言う様に木は用途によって使い分け、木の性質を良く知って使っているのに、アルゼンチンではそういう事が無く、木裏木表も知らず、木の文化が殆ど無いそうだ。
おじさんは、折角の山桜が薪として燃やされてしまうのが忍びなく、お友達に頼んで一番太い部分を分けてもらってそれで杵を作った。
でも臼に出来るほどの太さも高さも無く、のうじょう真人のシプレスの木から臼を作った。それでも太さが足りず、お餅を搗く部分と台の部分を分けて作り、ほぞで組んで一つの臼とした。しかも、木を深く掘る道具もないから、鑿(ノミ)で根気よく掘っていった。だからあまり深くは掘れなかったし、見た目は日本の臼とは違う。でもここにある物で工夫して作った、とてものうじょう真人らしい素敵な臼だとぼくは思っている。
つぶつぶだったもち米がだんだんまとまって粘りが出てきた。おじさんも杵を上からうち下ろす。
「ぺったんこ!」もち米が杵にひっついて伸びていく。
「じゃあ正人やってみなさい。」
おじさんがぼくに杵を渡してくれる。
「薪割りと同じ。振り下ろす時、力を入れる必要はないぞ。自然に任せろ。ただ、杵を臼にぶつけないように慎重にな。」
「はい」
ぼくはちょっとフラフラしながら杵を振り上げ、ねらいを定めて息と力を抜いて振り下ろす。
「ぺったんこ」
お餅が嬉しそうにぼくの振り下ろした杵に挨拶する。それをおばさんが手早くひっくり返す。
「ぺったんこ」
ぼくはお餅の歌う声を聞いているような気分になった。
「それくらいで良いな。餅はあまり搗きすぎても美味しくないんだ。もち米の粒が気持ち残っているくらいが美味しい。」
おじさんはそう言って、上手に臼の餅を丸め、マンジョウカの澱粉をひいた板の上に乗せた。
「さあ、これを同じ厚さに伸ばすよ。」
「あっ、おばさん、麺棒持ってくるの忘れてる。」
「違う。違う。餅は手でもむようにして伸ばしていくの。麺棒なんか使っちゃあだめよ。正人はお正月用の鏡餅を作ってね。」
ぼくはつきたての柔らくて暖かいお餅を丸めながら「来年も良いこといっぱいありますように。」と願った。
アルゼンチンのパタゴニアで日本より日本らしいお正月準備が出来て、ぼくはとても楽しかった。勿論生まれて初めて食べた、自分の手で搗いたお餅は最高に美味しかった。弾力があって、ぼくにちょっと抵抗しながら口の中で甘く広がっていった。お餅って、柔らかく伸びるだけのものじゃないんだなあ、と新しい発見をした気分だった。
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